眠れない夜に

写真

「まあ、エリーヌ、よく来てくれたわね。さあ、上がって。遠いのにわざわざありがとう。坂道が長いから、今日みたいに日差しが強い日はとりわけ難儀だわ。」

「果樹園を眺めながら来ましたから、ちっとも遠く感じませんでしたわ。私、キャシーおば様のお家、大好きなんですよ。お庭が広くて、いつ来てもお花がたくさん咲いている。」

「庭のことは何から何までジャンにお任せ。彼は30年以上庭仕事を切り盛りしてくれているの。さあ、オレンジエードを冷やしておいたの、どうぞ召し上がれ。家で採れたオレンジよ。」

「おば様、これ、本当に美味しいわ。そう、今日は、この間のガーデンパーティーの写真、お持ちしましたのよ。」

「まあ、娘のローズガーデンの?嬉しい。あの時は久しぶりにみんなが集まって、とっても楽しかったわね。」

「おば様もアニタおば様も、とっても素敵に撮れてましてよ。」

「どうれ、あら本当。カメラマンの腕がいいのね。ジョアンナ、ギル、リチャード、ケイト、これはえーと、ポールだわ。後ろはリヴィエールとその家族ね。長いことイタリアに行ってたのよね。」

「こちらの写真に写っているジョゼフおじ様達も、ちょうどカラカスから戻ってらして。おば様の隣がアルベルトおじ様、ハンナおば様、キャシー、チャールズ、ベルナルド。」

「あの日はご馳走も素晴らしかったわ。皆大きな口を開けて、食べるのもおしゃべりするのも大忙し。何年も会っていなかったのだもの、積もる話が多すぎて。このピンクのドレス、あなたじゃない?踊っている姿、あなたのママの若い頃とそっくりねって、話してたのよ。ああ、誰だったかしら、同じテーブルのはす向かいに座っていた。」

「リズおば様じゃなくって?」

「えっ? リズ? そんな人いたかしら? ちっとも覚えてないの、近頃物忘れがひどくって。」

確か、リズおば様と一緒に撮った写真もあったはずだ。明るい茶色のドレスに、帽子をかぶってらして。ベージュの大きな日除けパラソルと同じ色の帽子だったのを覚えている。

ベージュのパラソルの写真が何枚か見つかった。が、そこに映っているはずのリズおば様の姿はなかった。キャシーおば様はテーブルをはさんで誰かに話しかけているようなのに、そこには誰も映っていない。椅子の背にベージュの帽子が掛かっている。なんだか奇妙な感じがした。

「ミラーべに住んでらしたリズおば様、キャシーおば様の義理のお姉様ではなかったかしら。先日心臓の病気で突然亡くなられたけど。」

「年を取るってホント厄介だわ。面倒なことや嫌なことはどんどん忘れてしまうみたいなの。でも、そのお陰で、毎日楽しいことだけ考えて生きてるわ。明日はピーチパイを作って、その次はレモンピールのジャムを作ろうとかね。」

私はサイドボードの上に飾られた写真を見た。色褪せた昔の写真が多い。思った通り、すでに亡くなられた方の姿は、煙のように消えていて、芝生だったり背景の建物だったり、多少奇妙な空間が映っている。花嫁衣裳のおば様の隣にも空白で、セルフポートレートのようだった。

「ガーデンパーティーの写真、頂いていいのかしら?」

「勿論ですとも。そのためにお持ちしたんですもの。自分用にも同じ写真を持っていますから。」

家に帰ってから、私は自分用の写真を取り出してみた。キャシーおば様のはす向かいには、ベージュ色の帽子を被ったリズおば様の姿がはっきりと映っていた。

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