「長旅となるとね、やっぱり不安だわ。」
「大丈夫ですよ、奥様。担当の係員が宿泊から移動、お食事のサービスまで責任をもってお世話致しますから、奥様は身一つでおいでになればいいのです。」
「そうは言ってもねえ。主人が亡くなってからというもの、旅行なんてしたことないのよ。それにねえ、私、乗り物はとんと苦手で。」
「今回のご旅行に関しましては、乗り物酔いの心配など一切無用です。列車のように揺れることもなければ、船のように波にもまれることも、飛行機のように乱気流に巻き込まれることもありません。迅速かつ安全、その上すこぶる快適な特別仕様の乗り物です。いつ動き出したかも気づかない程静かに滑るように進んで、あっという間に目的地に着いてしまいますよ。」
「でもねえ、随分遠いところらしいじゃないの。一人旅なんて生まれて初めてだし、いったいどんな支度をしたらいいのやら。」
「それは、他の方々も皆同じです。『案ずるより産むが易し』っていうじゃありませんか。あれこれ準備したところで向こうでは結局役に立ちませんから。あちらは気候も申し分ありませんし、必要なものは何でも揃っていますから、何もお持ちにならなくても大丈夫。お金なんか勿論いりませんよ。何か御用の際は何なりとたんとうのスタッフにお申し付けください。経験豊富なベテランばかりですから、どんなことでもすぐさま適切に対応致します。
それに、おひとり様と申しましても、今回参加されます方々の大多数がおひとり様コースですし、奥様と同年代の方が大勢いらっしゃいます。世界中から選ばれてチケットに当選した方々です。あちらに着くころには皆さんすっかり意気投合なさいますでしょう。」
「そんなものかしら。もうちょっと考えさせてくれないかしら。息子夫婦とも相談したいし。」
「奥様、残念ながら、あまりお時間がないのです。奥様がお乗りになるのはこの次の便ですから、えーと、11時48分発。こちらの搭乗者名簿にすでにお名前が記載されております。」
「なんとまあ、せわしないこと。それじゃあ、お世話になった人たちに挨拶する時間もないわね。」
「しかし、これっきりお会いできないということはありませんから。皆さん、遅かれ早かれあちらへいらっしゃいますので。」
「それもそうね。」
「では、この数珠をお持ちください。目印のバッジみたいなものです。まもなく担当の者がお迎えに上がります。さあ、目を閉じて、深呼吸してリラックス。よいご旅行を」
