眠れない夜に

宇宙飛行士

「私、今度生まれ変わるときは、宇宙飛行士になるの。」

「そいつはすごいなあ。」

「果てしない宇宙をどこまでもどこまでも飛んでいくの。隕石やブラックホールをよけながら、流星群を越えて、未知の宇宙を探検するのよ。真っ暗な宇宙空間にきらめく星たちは、それはそれはきれいで、赤や青、黄色や紫、オパールグリーンに光る星もあるのよ。」

「きっと、女王陛下の宝石箱をひっくり返したよりもきれいだろうね。」

「もちろんよ。もう数えきれない位、たくさんの星があるのよ。今までに発見された星の数は9億54万個。本当はこの何万倍もあるんですって。」

「へえ、気が遠くなりそうだ。」

「私はまだ誰も見たことにない星を見つけ、誰も訪れたことのない星を探検するの。そこはどんな世界かしら。胸がわくわくする。」

「女性宇宙飛行士か。その時、探検旅行は誰と行くんだい?」

「私一人で行くのよ。誰の助けも借りないわ。」

「だって宇宙探検家よ。未知なる世界を切り開くパイオニアは、いつだって孤独なものよ。
ねえ、屋上に行かない?」

「いいね。」

僕はベッドに横たわった彼女を抱きかかえ、傍らの車いすに乗せた。
痩せた体は拍子抜けするほど軽くて、動揺した僕の心臓の音が彼女に気取られないよう少し後ずさりした。

「大丈夫、ホイールは自分で回せるわ。」

「OK。でも、ちょっとは君の役に立つことをしたい。」

僕は静かに車いすを押して屋上へ上った。
病院の周囲に広がる深い森は暗く静まり返り、時折鹿の鳴き声が聞こえた。
晩秋の大気は冷たく冴えて、満天の星空が広がっていた。
ありったけの毛布と僕のマフラーでぐるぐる巻きにした隙間から、彼女の眼は瞬きもせずに星々を見つめている。
この世のすべてが消えて、僕たち二人だけが宇宙空間に取り残されたら、こんな風に闇と星を見つめているのかもしれない。
何時間でも、何年でも、何百光年でも。

実際には多分わずかの時で、次の点滴の時間には間に合った。

彼女の容体が急変したのはその2週間後だった。

彼女は、もう頭を持ち上げることさえできず、苦しそうな息をしていた。
高熱にうなされ、弱々しく喘ぐ彼女の傍らで、僕にできることと言ったら、ほとんど何もない。
絞ったタオルで額の汗を拭き、彼女に頬を撫で、手をさする。
気休めでしかないことは百も承知だ。

一晩中孤独な戦いが続いた後、夜明け近く、ようやく熱が下がった。
彼女はうっすらと目を開けた。

「星が見たい。」

僕は窓のカーテンを少し開けた。
昨夜からの雨はまだ降り続いている。
夜の闇が少しずつフェイドアウトして、葉を落とした木々のシルエットが浮かび上がる。

「もっと大きく開けて、星が見えるように。」

僕はカーテンを全部開けた。

「星空だ。空一杯の星。さあ、宇宙探検、一緒に行こう。」

手を取ると、彼女は微かに握り返し、ほほ笑んだ。
大きく目を開いた後、ふっと一つ柔らかな息をして、眼を閉じた。
どこか遠くの宇宙のかなたで、流れ星が一瞬光って消えた。

タイトルとURLをコピーしました