春が来たら、君を迎えに行くよ。
野山が雪で覆われる前、あの人は私にそう言った。
雪が降り止み、川の氷が溶けて、明るい日差しが枝先の芽に微笑みかける春が来たら。
あの人は私を迎えに来る。
娘は長い冬の間、かじかんだ手を胸の内の灯で温めながら、辛抱強く待っていた。
若者は雪の中で獲物を追った。
吹雪の雪原で、あるいは深い森の中で。
獲物の毛皮は、町の市場に出したなら良い値が付くに違いない。
角も、大きな館の暖炉がある部屋の、立派な飾り物になるに違いない。
澄んだ色の瑪瑙のついた金のかんざしを買い、娘の長い黒髪につけてやろう。
雪は来る日も来る日も降り続き、家々の屋根も道も教会の高い尖塔も、白く埋め尽くしていった。
春が来たら。
草が萌え、鳥がさえずり、あたり一面、色とりどりの花が咲く春が来たら。
娘はひたすら待っていた。
若者は休む間もなく獲物を追った。
山から谷へ、谷から山へ、今までにないほどたくさんの獲物を求めて深い雪の中を駆け回った。
春が来たら、里に出て毛皮と角を金に換え、あの娘にきれいな髪飾りを買おう。
そしてあの娘と一緒に暮らすんだ。
ようやく雪が降りやんだ。
山肌に張り付いた氷が割れ、雪解け水が谷を下った。
野原には明るい緑が広がっていった。
若者は去年よりずっとたくさんの毛皮や角をそりに積み、山を下りた。
途中、小川に差し掛かると、乾いた喉を潤そうと縁に屈みこんだ。
冷たい水に手を入れた時、水面に自分の姿が映っていた。
血走った目、毛むくじゃらの顔、熊と見紛うばかりのすさまじい形相。
川面に映る姿は到底人間のものとは思われなかった。
体中に獣の匂いが染みついて、殺戮に明け暮れた日々の激しさを物語っていた。
これが俺なんだ。
偽らざる俺の姿。
たとえ体を洗い、小ざっぱりした服を着込んだところで、俺の中身は変わらない。
獣と同じように、五感と自分の力だけを頼りに獲物を捕らえては殺しまわる、俺はそういう男だ。
ああ、俺はなんという愚か者だ。
あんなに清らかな娘を、血と死臭で汚れたこの腕の中に抱こうとしていたなんて。
若者は力なく肩を落とし、静かにその場を立ち去った。
娘はひたすら待っていた。
きっとあの人は私を迎えに来てくれる。
太い腕、厚い胸板、誰よりも強くたくましい体をしたあの人が。
やがて春は過ぎ、夏が来て、再び冬が訪れた。
やがて雪が止み、雪解け水が野山を緑に変え、春が来た。
夏が来て、秋が訪れ、雪が降り、冬になった。
そして、娘も若者も、とうの昔に灰となり雪の中に埋もれてしまった。
