眠れない夜に

人魚

「信じてないんでしょ、私の話。」

色褪せた花柄のカーテンを透かして、強い西陽が照り付けていた。
部屋の中は、まるで亜熱帯のジャングルのようにけだるく、猥雑で、投げやりな空気に満ちていた。
彼女はベッドに横になったまま、壁際の棚に足を伸ばし、さっきからガラクタの山を引っ搔き回していた。

「足、器用でしょ。驚いた? 随分練習したのよ。何しろ、前は人魚だったんだから。」

「魔女に薬をもらってさ、二本足にしてもらったのはいいけど、もともと葦なんて使ったことないじゃない、初めは歩くのだって容易じゃなかったのよ。曲げたり伸ばしたり、足の指でグー、チョキ、パーとか、さんざん練習したわよ。それこそ、血のにじむような努力ってやつ。」

「ほうら、あった。」

彼女は左足の親指と人差し指の間にそれをつかんで、ぬうっと私の顔の前に突き出した。百円ショップにもあるようなくすんだ緑色のありふれた瓶で、コルクの栓がついている。こんなものを見る位なら、彼女のすんなりした足を眺めているほうがよほど嬉しかったのだが、とにかく私はその瓶を手に取った。

「宮殿の中庭の土よ。海の底だから、いろんなものが細かい粒子になって降り積もっているの。」

軽く揺すってみたが、モソモソした塊はへばりついて動かない。どぶさらいで掬った泥が乾いたら、こんな感じだった。私は匂いを嗅いでみようと蓋に手をかけた。

「ちょっと、何すんのよ。」

彼女はひったくるように私の手から瓶を取り上げた。まるで別人みたいな素早い動きに、あっけにとられた。

「アンタがそんなにバカだったとは知らなかったわ。浦島太郎みたいになったらどうすんのよ。」

瓶は再び元の場所、ガラクタの中に放り込まれた。彼女も再びナマコ状態に戻った。

「ああ、それにしてもだるい。人間ってのはよくもまあ、朝から晩まで働いていられるもんだわ。」

彼女はゴロンと横になると、寝返りを打って向こうを向いた。部屋着の裾は大きくはだけ、ベッドからずり落ちている。

「だからさあ、言ったじゃない。私は人魚だったんだから、起きて働くのは苦手なのよ。始終横になっていないと身が持たないの。」

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