秋になると、やはりサンマが食べたい。
地球温暖化の影響か、生息環境が厳しくなった上、日本の近海を回遊しなくなったので、今年の漁獲量はかつての1/20だという。
こんなことになるなんて、食べられるうちにもっと食べておけばよかった。
すっかり高級魚と化したので、手を伸ばしては引っ込めるを何度か繰り返し、ようやく決断した。
まな板は汚れるし、レンジの片づけも面倒、煙も出るし、炊き立ての白米と大根おろしも欠かせない。
味噌汁もそれなりのものを作って合わせたい。
準備や事後処理も含め、非日常(レンチンでない)の献立はエネルギーがいる。
多少でも手間を省こうと、頭と内臓を外し、前後に切り分けたサンマを買い求めた。
パックのラップを外し、そのまま塩を振る。
とことん手抜き。
焼き時間はレンジ任せ。
その他もろもろの準備を終えたところで、「ピー」と完了の合図。
蓋を開けると、予想外の姿になっていた。
腹がブザマにめくれあがっている。
気にするほどのことではないのかもしれないが、なんだか情けない。
サンマに申し訳ない。
小ぶりとはいえ、すんなりとした比類なき美しい姿を、こんなに品のない有様にしてしまった。
腹がめくれて、空っぽの腹の内をのぞかせている姿には、尊厳のかけらもないように見えた。
所詮はただの肉塊、という現実が、いきなり突きつけられ、ほんの少しの手間を惜しんだ自分の浅はかさを後悔する。
尾頭付き、背ワタ付きのサンマの姿焼きには、恨めしそうなまなこを見つめ、命をありがたくいただきます、という心の段取りも含まれていたような気がする。

